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2008年5月 5日 (月)

徳川vs武田 史跡めぐり①

昨年のGWは弘前城に行きましたが今年は近場にしました。

徳川と武田の争いの跡を少しばかり巡ってみました。

初めは有名な長篠の戦いの地を・・・

長篠の戦い(ながしののたたかい)は、天正3年5月21日1575年6月29日)、三河国長篠城(現愛知県新城市長篠)をめぐり、織田信長徳川家康連合軍3万5,000と武田勝頼軍1万5,000(異説あり)との間で行われた戦い。

徳川氏に属する奥三河の長篠城が武田軍に包囲され陥落寸前となったため、家康が織田軍の援軍を要請。旧暦5月21日(新暦6月29日)に長篠城西方の「設楽原(したらがはら)」あるいは「あるみ原」にて野戦が行われ、織田・徳川連合軍側の勝利に終わった。

ウィキペディアより

Dsc01186 

Dsc01185  長篠城址

ちょうど「長篠合戦のぼりまつり」の期間中だったようです。

Dsc01189 武田勝頼本陣

Dsc01194 織田・徳川連合軍 馬防柵

一部分復元されていますが、周囲の地形が当時から変わっていないこともあり当時を偲ぶことができます。

Dsc01195 連合軍陣地の307

長篠の戦いは織田・徳川軍の鉄砲三段撃ち戦法や武田騎馬軍団が有名ですが、どうも違うようですね。

Nagashino 長篠の戦い

この戦いから武田氏の衰退が始まったのでした。

おまけ

Dsc01183 鯉と獅子

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