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2008年5月 6日 (火)

徳川vs武田 史跡めぐり②

長篠の次は長篠の戦いの前後に2度行われた高天神城の戦いの地に。

高天神城の戦いたかてんじんじょうのたたかい)は、武田勝頼徳川家康の間で戦われた高天神城の2度の攻城戦を指す。このほか武田信玄なども同城を攻めている。

Dsc01218 高天神城址

Dsc01211 高天神城本丸

1574年徳川方の遠州東方の最重要拠点だったこの城を勢力拡大を目指した武田勝頼が攻略しました。

この時は武田軍に勢いがあり前年には三方が原で武田信玄が徳川家康を破っていました。無勢だった徳川軍は援軍を出せず、家康に頼まれた信長援軍はちっとも到着せずに城は陥落。

武田軍の攻略に最後まで抵抗した大河内政局は8年も石窟に幽閉されたと言われています。

Dsc01212 大河内政局石窟

高天神城を手に入れ調子に乗った勝頼は翌年、徳川方になった長篠城を包囲し長篠の戦いにつながりました。

長篠の戦いで大敗し衰退した武田氏を見た徳川家康は高天神城の近くに横須賀城を築き1581年に奪還を図ったのでした。

Dsc01219 横須賀城址

Dsc01220 横須賀城本丸

高天神城を守っていた岡部元信は武田に援軍を要請するも勝頼は出すことができず陥落してしまいました。

武田勢が篭城した時に作ったとされる井戸が残っています。

Dsc01214 三日月井戸

高天神城を奪還した翌1582年に織田・徳川は武田征伐をしました。

時代の転機となったこれらの史跡は、歴史を知れば知るほど感慨深くなります。

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